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大阪高等裁判所 昭和44年(う)1549号 判決

被告人 松井博 外一名

主文

原判決を破棄する。

被告人両名を各罰金一万円に処する。

被告人らにおいて、右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

原審ならびに当審における訴訟費用は、被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は大阪地方検察庁検察官検事横幕胤行作成名義の控訴趣意書記載のとおりであつて、これに対する答弁は弁護人佐々木哲蔵作成名義の答弁書、および答弁書補充書に記載のとおりであるから、いずれも引用する。

控訴趣意第一点について

論旨は原判決の事実誤認を主張し、原判決が被告人両名と、その雇入にかかる婦女との間に同女らの売春行為につき売春防止法(以下単に法という)一二条の要件とされる支配関係が認められないとする点は誤であるというのである。

よつて案ずるに、本件公訴事実は「被告人両名は共謀のうえ、ガイドクラブの経営に藉口して売春業を営まうと企て、大阪市北区太融寺町二四番地にガイドクラブ、アモンの事務所を設け、昭和四一年二月四日頃から、同年四月一一日までの間、北山幸子外五名をガイド名義の売春婦として雇入れ、毎日午後五時頃から午後一一時頃まで、自己らの指定する前記アモンで客待ちさせ、その間無断外出を禁じ、欠勤する場合は午後五時までに、必ず連絡させることにし、無断欠勤した場合は、所定額の罰金を徴する等の方法により、同女らを管理し、自己らの周旋する遊客と外出させたうえ、付近の旅館等で売春させて、その対償を分配取得し、もつて人を自己の指定する場所に居住させて、これに売春させることを、業としたものである。」というのであるところ、原判決が取り調べたすべての証拠に、当審事実取調の結果を参酌して検討すると、被告人両名は内縁の夫婦であつて被告人石井の発案により、ガイドクラブ、アモンを共同で経営することを企て、右の期間右の場所にガイドクラブアモンの事務所を置き、北山幸子、豊山綾子、堀内儀子、片山富江、矢野紀代子、大島誓子らをいわゆるガイドとして雇入れ、その他に外廻り(又は客付け)と称する浅沼璋男外数名を雇い、同人らを使つて、煽情的な文言を記載した宣伝チラシを市街地の公衆電話ボツクス又は公衆便所内に多数配付させ、これを見て電話で申し込みをしてきた遊客を、事務所付近の公衆電話ボックスに来させ、前記外廻りの男性が右のガイドを引き合わせて同伴外出させ、その対価として外出時間に応じ、遊客から支払をうけた入会金(一、〇〇〇円)、同伴料(二時間につき二、〇〇〇円、延長一時間につき一、〇〇〇円)をガイドおよび外廻り(又は客付け)との間にあらかじめ取り決めた割合で、(すなわち同伴料のうち五〇〇円、延長にかかる同伴料のうち一時間につき五〇〇円、はガイドの取得分、同伴料のうち二〇〇円は外廻りの取得分、その余はすべて被告人らの取得分)分配取得するという形態の営業をしていたこと、ガイドが客と同伴外出した時は概ね遊客の求めに応じ五〇〇〇円ないし一万円の対償を得て売春したが、その対償はガイドと遊客との直接交渉によつて金額が定まりガイドが遊客から直接受領し、そのままガイドの取得となつていたこと、被告人らは右の売春の対償については何ら関係しなかつたものの、ほんらい遊客は殆んど全部がガイドの肉体を求めて来ている者であつて、売春するかどうかは最終的にはガイドの自由に決するところではあるが、被告人らとしてもガイドが売春をしていることの実情はこれを十分知りながら、遊客に同伴させていたこと、被告人らはガイドの客待ち場所として、アモンの事務所を指定し連日早出の時は午後二時頃から、遅出の時は午後五時頃からガイドを右事務所に集合待機させ、概ね出勤順に遊客と引き合わせ、同伴外出が終れば再び事務所に待機させ、午後一一時ないし翌日午前一時頃解散させ、右の同伴料等の配分は一〇日毎にこれを行つていたこと、を認めることができる。ところで法一二条にいわゆる管理売春の罪が成立するには、人を自己の占有する場所に居住待機させたうえ、その売春行為について支配介入関係が存在することが必要であると解せられるところ、本件においては全証拠によるも、被告人らはガイドとの間に、予め同女らに売春させることを内容とする契約をしたことも、同女等に売春行為を勧誘したことも、前借金等心理的、経済的に同女らを売春せざるを得ないよう仕向けたことも認められず、又同女らが売春行為により取得した金銭には全然関係しなかつたことは前説明のとおりであり、結局被告人らの行為は売春の相手方となる意思のある男性に対し、条件によつては売春する意思ある女性を紹介したというに止まり、ついに同女らの右の売春行為に対する被告人らの支配介入関係を認めることができない。(この点は原判決の説明するとおりである。)所論は、法一二条にいう売春をさせるとは、直接、明示的に強制して売春させる場合のみならず、間接的に売春を助長促進する場合も含むのであつて、本件においては、被告人らは当初から脱法的に売春クラブを経営することを企て、ガイドがその生活を維持するには売春に依存せざるを得ない仕組でガイドを雇い入れ、無断欠勤した場合には一回について二、〇〇〇円の罰金を徴収して間接的にガイドの売春を強制した、と主張するが、法一二条にいう「売春をさせる」には、直接婦女に売春することを約束させ、或は之を勧誘して、売春させる場合のみならず、間接的に売春を強制する場合をも含むことは所論のとおりであるけれども、押収にかかる日計表、手帳、水揚メモ、(昭和四四年押第四〇八号の一一ないし二五)に基いて、ガイドの、売春の対償とは別の、すなわち同伴料のみの配分による収入金額を精査すると、昭和四一年三月二六日から同年四月五日までの間における同女らの実収入は、矢野七、五〇〇円、片山二一、五〇〇円、堀内一五、五〇〇円、豊山二二、〇〇〇円、大島二〇、五〇〇円、北山一一、〇〇〇円であり、各稼働一日平均で、豊山、片山は二、二〇〇円、堀内、大島は二、〇〇〇円、北山、矢野は一、八〇〇円前後にそれぞれ達することが認められ、ガイドが月に二五日稼働すれば平均月収五万円ということになり、(これ以外に所謂同伴行為のみについてもチツプ収入があることは同女らも認めるところである)必ずしもガイドに対し、その生計を維持しようとすれば、売春に依存せざるを得ないように仕組んであるとは認め難く、またガイドが無断欠勤した場合には、一回について二、〇〇〇円の罰金を徴収したことも所論のとおりであるが、反面電話などにより予め届出た欠勤には適用されないし、結局この制度も無断欠勤を厳に防止する作用を有したに止まり、進んで売春を間接的に強制する効果を有したと認むべき証拠は何もなく、他に検察官の主張する如き事実は認められないので、結局、本件においては、間接的にも被告人らがガイドの売春を強制し、助長促進したと認めることはできないから、いかに被告人らにおいて当初脱法的に売春クラブを経営する意図があつたとしても、それだけでは被告人らの本件行為を法一二条に違反するものと認めることはできない。さらに所論は、被告人らは実質的に売春の対償である金額を分配取得したと主張するが、右に説明したとおり、被告人らが取得するのは、遊客の支払つた入会金一、〇〇〇円(初回の客のみから徴収する)、同伴料のうち、一、三〇〇円(すなわち同伴料は二、〇〇〇円であるがそのうち五〇〇円はガイド、二〇〇円は外廻りにそれぞれ配分するものである)さらに延長加算があれば一時間一、〇〇〇円のうち五〇〇円、であつて、入会金、同伴料はガイドを遊客に引き合わせるためにつれて行つた外廻りが遊客から受け取り、被告人らに納め、延長加算分はガイドが事務所に帰着した時被告人らに納めるのであるから、これらの金員は被告人らの管理下にある金員にほかならないけれども、その間ガイドらの行つた売春の対償は、ガイドが直接に遊客と折衝してその金額を取り決め、かつ直接受領して自分の所得とし被告人らに対しては何らこれを報告しないのであるから、被告人らが売春の対償を分配取得したとはとうてい解せられない。遊客の立場から見れば入会金、同伴料もまた正味の売春の対償と同じく、ガイドと関係するための出費にはちがいないが、被告人ら、ならびにガイドの立場から見れば、双方の金員は配分割合、受領管理の態様を全く異にし、せつ然と区別された金員なのであるから、単に遊客の立場に偏して入会金、同伴料の分配取得の率が高いからといつて、被告人らが実質的に売春の対償である金員を分配取得したとすることは失当である。もつとも被告人らの雇入れたガイドが容易に売春に応ずるならば、之を伝え聞いてクラブアモンの遊客がふえ、それと共に被告人らの収入もふえることは考えられないではないが、このような関係があるからといつて、被告人らが売春の対価を分配取得したとはいえない。次に所論は、被告人両名は本件ガイドらに対し、積極的に売春をするように、働きかけていた事実が認められる、と主張するので、所論の援用する堀内儀子、片山富江の司法警察員、検察官に対する供述調書を精査するに、被告人両名は堀内らを雇い入れるに際し、ガイドとしての雇用の条件を説明したほか、(遊客としては入会金、同伴料を支払つた以上ガイドをつれてホテルに行き、肉体関係することができると考えているであろうことを前提として)遊客から肉体関係の申し出があつたときはガイドにおいて適当にやるように、もし之に応ずるならばその際使用するホテルはクラブの事務所附近のホテルであつては、警察官の目につき尾行され易いので、車を利用して遠方のホテルに行くように、と注意した事実を認めることができる。しかしこれはガイドの中には当然、遊客相手に売春をするものもいることを予測したうえで与えた注意事項にすぎず、この言葉から、ことさらガイドに対し積極的に売春するように働きかけた趣旨であると解することは無理である。また右の各供述調書によれば、なじみの客がホテルからクラブアモンに電話してガイドを求めた場合には、被告人らはガイドに直接ホテルに行くよう指示した事実も認められるけれども、これはなじみの客による特殊の場合であり、いまだクラブアモン自体の業態としてなされていると認めるに十分ではない。したがつて、被告人らの所為としては、法一二条にいう売春をさせることを業としたというにはあたらないものというべく、原判決には何ら所論のような事実誤認はない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点について

論旨は原判決には訴訟手続の法令違反があると主張し、本件につき、法一二条違反の事実が認められないとするも、被告人らはガイドが同伴外出先において遊客に対し売春することを知りながら、ガイドを遊客に引き合わせ同伴外出させたのであるから、法六条違反の周旋行為を認定できるのに、原裁判所は検察官に対し、周旋の訴因を予備的に追加することを促がすことなく、当初の訴因のまま無罪を言い渡したことは、訴訟指揮に著しく妥当を欠き、ひいては訴訟手続に法令の違反がある、というのである。

よつて案ずるに、前段に説明したとおり、本件全証拠によるも、法一二条違反の公訴事実は、これを認めることができず、むしろ被告人らは、ガイドが遊客に対し売春することを知りながら、これを遊客に引き合わせていたのであるから、検察官において個々の引き合わせ行為を具体的に特定して摘示するならば、本件の場合、いわゆる管理売春と、その一部分である売春の周旋との間には公訴事実の同一性が十分認められるところであるうえ、被告人らはガイドを客に引き合わせる行為自体を争うものではなく、ガイドが売春することの情を知らなかつたと主張しているのであるから、したがつてこの点を中心とする攻撃防禦は十分つくされており、売春の周旋という訴因の予備的追加がなされたからといつて、被告人の防禦権の行使に実質的不利益を生ずるおそれも全くないので予備的訴因の追加は当然許容さるべきものである。而して記録を精査しても検察官に右のような予備的訴因の追加を拒否せねばならぬ特段の事情があつたとは考えられないのであるから、原審は右の如き訴因の変更を促すべきであつたにもかかわらず、記録上原裁判所がこれを促したことを窺うに足りる形跡もなく、法一二条違反の訴因のまま無罪を言い渡したのは、訴訟指揮に著しく妥当性を欠き、ひいては訴訟手続に法令の違反があり、その違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点において、破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄するところ、当審において検察官は売春の周旋の訴因および罰条を予備的に追加する旨申し立てたので、当裁判所は、公訴事実の同一性を害することなく、かつ被告人の防禦に実質的に不利益を生ずるおそれがないものと認めて、右予備的訴因の追加を許可し、新たな証拠を取り調べたので右の追加された訴因について考察する。

被告人らが本件営業に使用した宣伝チラシ(前同号の二乃至九)の内容は、原判決の認定するとおりの甚だ煽情的なものであつて、売春の相手方となることを勧誘している趣旨と解するのが相当であること、被告人らも当公廷において、右チラシを読む男性は売春の申入れと解する者が多いであろうと認めていること、被告人石井は本件事業を始めるに先立ち、研究のため他の同種クラブでガイドとして働いた経験があるが、その際殆んどの客から売春行為の申出を受けたこと(同被告人の司法警察員に対する41、4、14付供述調書)又本件クラブの客が「女が売春に応じない、話がちがう」とクラブに怒鳴り込む例が度々あつたこと(被告人らの当公廷における供述)などから、被告人両名ともクラブアモンの客は殆んど全部売春の相手方となる意思で申込をしていることを知つていたと認められ、他方被告人らは、ガイドとして雇われる女性らが客との交渉の上条件によつては売春に応ずるものであること及び実際上彼女らが売春行為をしていることを知つていたことは前説明のとおりである。(この点は、本件クラブアモンが全体として極めて巧妙に考案せられた売春組織と認むべきことは原判決も指摘するとおりであり、被告人両名は内縁関係の夫婦であり、本件事業を始めるに当り、他の同種営業の業態も参考とし、事業内容、前記宣伝ビラの作成などにつき、十分相談し検討していること、前記ガイドらを雇入れるにつき、売春前歴の有無をたずね、売春する場合の注意を与え、又わざわざ正規のガイド料以外の彼女らの取得した金銭は総て彼女らの収入となる旨の説明をしていることなどが、被告人両名の各供述調書から認められ、又前説明の如く馴染客の場合にはガイドを直接客の指定するホテルに派遣した例もあり、これらの点よりすれば、被告人らは孰れもガイド名義で雇入れた女性が売春行為をしていたことを感知していたものと認めるのが相当である。)而して売春の周旋とは、売春行為をしようとする意思を有する女性と、その相手方たらんとする男性との間にあつて、売春行為が行われるよう仲介する一切の行為をさすと解すべきであり、既に売春をし或はその相手となるべき確定的意思を有する両者を引き合わせる行為は勿論、その男性及び女性の一方又は双方において、直接々渉の上、売春行為の許否を決め或は条件を決める如き不確定な意思を有する両者を引き合わせる場合をも含み、且両者の間に最終的な売春契約の成立する迄斡旋する必要はないものと解すべきである。本件についてみれば、被告人らは被告人松井自ら、又は雇人たる外廻りの男性を使用して前記宣伝ビラを配布し、それをみて申込んで来る男性の電話を被告人石井が受け(後には使用人山本美代子が受けたものもある)外廻りの男性を客の待受ける場所に赴かしめて入会金、ガイド料などを受けとつた後、ガイド女性を引き合わせているものであり、正に被告人らは直接或は共犯者と認むべき浅沼ら使用人を使つて、売春の相手方たらんする客を勧誘し、之に売春の意思あるガイド女性を引き合わせて売春の周旋をしたものと認めざるを得ない。尚予備的訴因一の(一)(後記一の(一))の場合はクラブアモンの附近のオーシャンホテルから馴染客久木田鑒が指名で堀内儀子を呼んだのに対し、被告人石井が電話を受け、堀内をして同ホテルに赴かしめたもの(同女の41、4、11付供述調書及び証一二号メモ参照)であつて、売春の周旋であることは更に明瞭に認められるし、同一の(二)(後記一の(二))の場合も右久木田の指名呼出に応じて片山を赴かしめたものであつて、これ又売春の周旋の行為は明らかである。同二の事実(後記二)はクラブアモンの通常の営業形態として行なわれた紹介行為であるが(この場合も結局売春行為が行なわれたことは右堀内の前回調書により認められる)前記説明により売春の周旋と認むべきである。

以上により本件は当審において予備的に追加せられた訴因につき直ちに判決することができるものと認め、刑事訴訟法四〇〇条但書により左のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人両名は、大阪市北区太融寺町二四番地に、ガイドクラブアモンを経営していたものであるが、

一、共謀のうえ

(一)昭和四一年三月中旬頃、右クラブ「アモン」事務所附近のオーシャンホテルにおいて、ガイド名義の売春婦堀内儀子に対し、遊客久木田鑒を売春の相手方として引き合わせ、

(二)同年三月二三日頃、同区太融寺境内において、ガイド名義の売春婦片山富江に対し、右久木田を売春の相手方として引き合わせ、

二、浅沼璋男と共謀のうえ、同年四月一一日頃、同区読売新聞社前煙草屋附近において、右堀内儀子に対し野波盛光を売春の相手方として引合わせ、

もつて売春の周旋をしたものである。

(証拠)(略)

(法令の適用)

被告人両名に対しそれぞれ売春防止法六条一項、刑法六〇条、四五条、四八条二項、一八条、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

よつて主文のとおり判決する。

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